WYSIWYP(What You See Is What You Put)

WYSIWYPとはWYSIWYG(What You See Is What You Get)を
もじって作った造語である。What You See Is What You Put つまり見たままに入力するというペン入力の特徴をさす。

Newtonでは入力デバイスとしてペンが採用されている。ペン入力の利点のひとつがこの WYSIWYP であると私は考える。
WYSIWYP の単純な例を考えてみよう。まず、

  • スケッチ

つまり図形の入力である。これには誰も異論はないだろう。
次に、

  • 文字の入力

である。なに、異論がある? なるほど、確かにキーボード入力のほうが正確で速いという意見があるかもしれない。だが ちょっと待ってほしい。ここでは WYSIWYP について語っているのだ。では文字入力における WYSIWYP の利点にはどんなものがあるだろう。

  • 直感的である
  • 特別な訓練が必要ない
    (実は義無教育でいやというほどやらされているわけだが)
  • 変換が必要ない(FEPがいらない)

さて、残念ながら現在のテクノロジーではこの WYSIWYP の利点が活かされているとは言い難い。なぜなら、文字認識の機能が不十分で何度も入力仕直さなければいけないからである。ここで注意してもらいたいのはテクノロジーの未成熟さと WYSIWYP とは何の関係もないということである。

また WYSIWYP が効力を発するケースとして外国語(ハングル、中国語、アラビア語…etc)の入力が挙げられると考えられる。例えばハングルを考えてみよう。私はハングルなんて全然知らないが、みようみまねで文字を書くぐらいならできるだろう。 これがもしキーボードで入力するなんていったら、何をどうしていいのか見当もつかない。中国語にしてもそうだ。 いくら漢字を使っていると言ってもその入力方法は日本語とまったく違う。 だが、書くことならなんとかなるかもしれない。日本の外国語教育でコンピュータがどの程度使われているのかわからないが、欧米語以外での利用は非常に少ないのではないかと思う。なぜなら、そのためのマシンや環境がなかなか手に入らないからである。また、もし環境があったとしても、使いこなすためにはその言語固有の入力方法を覚えなければならないというハードルもある。Newton などの WYSIWYP を採用したコンピュータがこういった外国語教育に使えると考えるのはおかしいだろうか。

さらに、現在使われている言語ではなくヒエログリフやルーン文字、線形A・B…etc などの文字についても同じことがいえるのではないだろうか。WYSIWYP ならフォントさえ用意すれば入力方法に特別頭を悩ませる必要はない。これはその分野の研究者にとってとても役に立つツールになるのではないかと考える。これは人文分野におけるコンピュータ利用を促進することになるのではないだろうか。

個人的に Newton の日本語版(出ないが…)がこういった目的に利用できるのではないかと考えている。なぜなら、欧米語と違って膨大なフォント・セットが必要な日本語は伝統的に外字の登録機能を必然的に有するだろうからである。つまり UNICODE を採用し、外字登録機能を持つ Newton の日本語版は生まれながらにしてマルチリンガル環境を有する運命にあるはずなのである(もっともけちくさい考えで拡張性に制限がなければのはなしだが)。

はてさて、それにつけても Newton の日本語版はどうなったのであろうか…?

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